<ケーキ屋さん>




僕がラーメン店を開業したのは今から33年前ですが、同時期に開業した僕が知っている周りのお店はほとんどが廃業しています。そんな中、唯一営業を続けているお店があります。そのお店はケーキ屋さんですが、外観も古びれた感じがすることもなく、今も開業当時と変わらない雰囲気で営業を続けています。

このお店の店主とは親しくどころか一度もお話をしたことはありませんが、僕と同年齢くらいの感じのよい方です。

このケーキ屋さんがほかの廃業したお店と違う点は規模です。周りから入ってくる情報によりますと、お店で販売しているほかに2~3ヶ所に卸しているそうです。僕にそうした情報を教えてくれるのは、僕のお店にお米を納めていた業者です。

基本的にどこの地域でもお米屋さんというのは地元の地主が営んでいることが多いのですが、僕のお店のお米屋さんも地元の地主の一族でした。そして、地元の一族というのはその立場上、いろいろな情報を持っていました。わざわざ調べたことはありませんが、かなり正確な情報のはずです。そして、ケーキ屋さんも別の地主の一族のようでした。

この情報はこのケーキ屋さんの立地状況や環境から僕が推測したものです。このケーキ屋さんの店舗は街の中心地の交差点脇にありました。隣が不動産屋さんでその2階がケーキの工場になっていました。交差点の向かい側で信号待ちなどをしていますと、工場内で働いている人の姿をガラス越しに見ることができます。

ケーキ屋さんの店主は隣の不動産店の次男の方でした。長男の方がその不動産業を継いでいますので兄弟で親の資産を上手に継いでいることになります。僕は開業当初は妻とアルバイトの子で運営していましたが、ケーキ屋さんは最初から弟子というか従業員を雇用していました。ほかのお店に卸すほどの規模でしたので、自分だちだけでは仕事が回らないのは容易に想像がつきます。

話は変わりますが、僕が妻とスーパーへ買い物に行った帰りに通る途中にはケーキ店があります。今から6~7年ほど前に開業したお店ですが、ここはいかにも夫婦で営んでいるようなお店です。こぢんまりとした店構えでご夫婦以外が働いているのを見たことがありません。

店の奥にケーキを作る作業場が見えますが、その広さから考えても二人でお店を切り盛りしているのが想像できます。夫婦ふたりで開業したお店は、それだけで一つの物語ができそうな雰囲気が漂っています。

飲食店はどんな業種であろうとも、最も重要なのは立地環境です。消費者に知ってもらわなければ売上げができるはずがないからです。立地環境は宣伝と同じです。普通宣伝をするには広告を出したりチラシを配布したりなど費用がかかりますが、立地がよいとそこに店を構えるだけで宣伝をしていることになります。これほど安上がりな宣伝方法はありません。

街の中心地の交差点近くにあり、しかも隣店舗の2階を工場にし、ほかに卸す先があるという好条件がそろっているからこその繁栄です。お父様が代々不動産業を営んでいることから察しますと、この不動産業者も地元の一族のひとつと思われます。

お父様は僕のお店に食べに来てくれたこともありますが、ライオンズクラブの幹部を務めるほど地元でも一目置かれる立場にいるようでした。おそらく地元でも名士のひとりに数えられていたはずです。

そうした親元で、最初からそれなりの大きさの工場を構え、従業員を雇用していたのですからケーキ店開業もそれなりの計画性を持って臨んでいたことが想像できます。僕のような脱サラで一か八かで臨むのとはわけが違います。

このようにケーキ屋さんの店主を紹介しますと、鼻持ちならない金持ちのボンボンという印象を与えてしまいますが、実際の店主さんはボンボンや傲慢とは正反対の真面目で謙虚な方でした。

冒頭に書きましたように、この店主さんとは一度も話したことはないのですが、一度だけ従業員の方数名とラーメンを食べに来たことがあります。そのときの立ち振る舞いがとても印象に残っています。

食べに来たのは閉店に近いかなり遅い時間帯でした。どこかでお酒でも飲んだあとに立ち寄ったようで、大きめの声で従業員の方と話しながら笑い声とともに入って来ました。そのとき、店内にはほかに2名ほどのお客様がカウンターに座っていたのですが、入店してすぐにほかのお客様に気づくと、申し訳なさそうな表情で静かにテーブル席に座りました。

そのときの申し訳なさそうな表情がとても素敵だったのです。親しい人とお酒を飲み、気分が高まることはよくあることです。その雰囲気のまま入店してしまったのですが、ほかのお客様への気遣いにすぐに気持ちが動いた感性に感激しました。

その後は大きな声で話すこともなく、楽しそうにおしゃべりをしていました。また、ケーキ屋さんと僕のお店は距離にして100メートルほどでとても近いので、親しげに話しかけることもできたはずです。しかもお酒が入っていたなら、そうした気持ちが高まることがあってもおかしくはありません。ですが、そうした素振りも全く見せずにお店をあとにしました。

ケーキ屋さんの開業条件・環境は脱サラで開業した人から見ると羨ましい限りですが、その方が成功しているのは生まれながらの条件・環境だけではないと思っています。謙虚で周りに対する気配りができるという経営者としても心構え的なものも貢献しているのは間違いないところでしょう。

また、次回。

不動産店の2階を作業場というよりは工場と呼べるほどの広さを持っているケーキ屋さんですので







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