<イケさん>




会社というところは、ヒエラルキーが存在するところですが、ヒエラルキーがあるがゆえに自分よりも下の位置にいる人間を作りたがる傾向があります。

先日、妻と確定申告に行ってきたのですが、車を走らせていたところ、ある人を思い出しました。

その人は僕が社会人1年目に入った会社の2年先輩ですが、みんなから軽く思われている人でした。悪く言うなら、「馬鹿にされている」ということですが、「仕事が遅く、呑み込みが悪い」のでみんなから下に見られていました。

上司が平社員を「下に見る」のは当然ですが、同僚の人たちまでもから「下に見られている」存在でした。しかし、なぜか僕とは馬が合いなにかしらにつけて話しかけられ、親しくなりました。基本的に、僕は純粋な人が好きなのですが、その先輩は僕からすると好きなタイプの人に見えました。

通称「イケさん」と呼ばれていましたが、イケさんは要領が悪いがゆえにみんなが嫌がるような面倒な仕事を押し付けられることが多く、損な役回りを引き受けさせられていました。僕はそんなイケさんをほっておけなかったので手が空いていたり、時間に余裕があるときは手伝ったりしていました。

そんなイケさんを思い出したのですが、その理由は確定申告に行く途中にイケさんのお家があったからです。家に行ったことはありませんが、年賀状でおおよその場所はわかっていました。

僕はその店を1年で転勤になりましたので一緒に働いていた期間はたったの1年ですが、会社の中で最も心を許せた人でした。ですので、年賀状のやり取りはずっと続けており、実は、今でも続いています。約40年ですが、僕が年賀状を続けているトップ3の一人です。

僕はその後会社を辞めて独立するわけですが、年賀状のやり取りをしていましたので、イケさんの近況などを知っていました。年賀状ではわずか数行の文字しか書けませんが、近況がわかるのは年賀状のメリットの一つです。

会社を辞めてから10年ほど経ったころでしょうか、お正月を過ぎて数日経った頃にイケさんから電話がかかってきました。僕の年賀状を読んで声を聞きたくなったそうで、受話器の向こうからイケさんの弾んでいる声が聞こえてきました。

電話ですと年賀状よりも詳しくいろいろな話を聞くことができます。イケさんは転職をしたようでスーパーとは違う業界で働いているようでした。「販売業は自分には向いていない」と話していましたが、周りから浮いていたことを思うと職場を変えたのは正解だったように思います。

要領のいい人からしますと、イケさんは「ドンくさい」という印象を与えるかもしれません。そのような人にとっては、職場の雰囲気と人間関係はとても重要です。新しい職場がイケさんに合っていることを願っていました。

イケさんは電話の終わりごろに「よかったら、奥さんも一緒に会わないか」と誘ってくれたのですが、当時、お店で忙しくせっかくのお休みに出かけるのが面倒に思い、断ってしまいました。当時は、店休日も市場に仕入れに行くことが多く、「時間がもったいない」と考えたからです。

しかし、その後イケさんのことを思い出すたびに、「断った」ことを後悔していました。たぶん「イケさんは、とても会いたかったのはないかなぁ…」と思います。それを無下に断ったことを本当に申し訳なく思っています。

自分は、なんて冷たい人間なのだろう…。

イケさんの家の近くを通るたびに、後悔の念が沸き起こります。

また、次回。







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