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<金融機関の人>

僕がラーメン店を開業した頃、お店が金融機関と取引をする場面は「入金と釣銭の両替え」がほとんどでした。ラーメン店のような小さな商店の場合は、金融機関と言いましても都市銀行などではなく信用金庫さんが取引相手でした。1986年ですが、当時はまだ金融機関の業務というのは、お客様から預金を集めてそのお金をいろいろなところに貸し出すのが基本的な業務でした。

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<恨みを持つ人>

ラーメン屋さん時代のことですが、僕のお店は8階建てマンションの1階にありました。1階はすべてテナントで全部で6店舗あり、僕のお店は右から4番...

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<出と入>

僕に話しかけてきた女性の方は1階のテナントに来ているようでした。1階にはそのテナントしかないのですが、女性の話ではそこは健康器具が置いてあるらしく、そこに集まる年配の方はその健康器具を利用するために来ているとのことでした。

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<無償の愛>

小学校1年か2年の頃のことです。新聞に、新宿のデパート「で鹿児島県の物産展開催」の広告が載りました。僕の両親はその鹿児島の出身なのですが、新聞で見た物産展で買いたいものがあったようです。もうかなり昔のことですのでどういう経緯でそうなったのかはわかりませんが、年齢が2つ上の姉と僕の二人で買いに行くことになりました。

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<典型的な人>

会社に入って3年目のことです。社内でも規模で言いますとベスト3に入る大型店舗に異動になりました。僕は、最初の店舗が小型店で、それから順に中型店、大型店と一年ごとに大きな店舗に異動していたことになります。