<無償の愛>




小学校1年か2年の頃のことです。新聞に、新宿のデパート「で鹿児島県の物産展開催」の広告が載りました。僕の両親はその鹿児島の出身なのですが、新聞で見た物産展で買いたいものがあったようです。もうかなり昔のことですのでどういう経緯でそうなったのかはわかりませんが、年齢が2つ上の姉と僕の二人で買いに行くことになりました。

会場に行きますと、多くの人で混雑していました。当時はスーパーなどもありませんでしたので多くの人が買い物で集まる場所と言いますとデパートしかなかったのです。今の若い人は驚くかもしれませんが、デパートはラフな恰好では行くべきところではありませんでした。正装とはいいませんがきちんとした身なりでないと入りづらい場所だったのです。間違ってもサンダル履きや長靴では行けないところでした。

姉は両親から買ってくるべき食品のメモ書きを渡されていました。僕は迷子にならないように姉に手をつながれてあとからくっついて行くだけで必死でした。なにしろ人人人で歩くのもままならない状況だったのです。

姉があるお店の前に行ったときです。僕もうしろについていたのですが、70才くらいのおじいさんが僕たちに話しかけてきました。

「ふたりで来たの?」

姉が「はい」と返事をすると、おじいさんは姉が手にしていたメモ書きに気がつきました。

「買い物に来たんだね、偉いね。じゃぁ、おじさんが一緒に回ってあげる」

と姉のメモ書きを手にしました。おじさんはメモ書きを見ながら歩きはじめました。僕と姉はおじいさんのあとをついて回ったのですが、おじいさんが物産展の法被を羽織っているのに気がつきました。おじいさんは物産展の販売員の人だったのです。

おじいさんのあとを「ついて回った」と書きましたが、本当に「ついて回った」だけで両親から頼まれた商品が袋の入って行きました。普通は、商品を買うにはお金を払う必要がありますが、そのときはただおじいさんのあとについて回るだけで商品を手に入れていたことにまります。

つまり、商品代はおじいさんがすべて払ってくれたのです。物産展側のひとですから、もしかしましたら「顔パス」だったのかもしれませんが、どちらにしましても姉は1円もお金を使うことはありませんでした。

一通り買い終わると、おじいさんは会場の端に行き、商品が入った袋を手渡し、

「お昼ご飯、一緒に食べよう」と言いました。

僕はうれしくて、すぐに「はい!」と答えたかったのですが、姉は

「あのぉ、お父さんに電話してもいいですか?」と尋ねました。

もちろんスマホはもちろん携帯電話もない時代です。公衆電話から電話をすることになりました。

僕は姉が電話で話している隣に立ち、おじいさんのほうを見ていました。おじいさんは物産展の人と笑顔でなにか話していました。

姉からしますと、知らないおじいさんにお土産を買ってもらい、さらにご飯までごちそうしてくれるのですから、不安を感じたのでしょう。有名人の子どもの誘拐事件などもありましたので当然です。

電話でしばらく話していた姉ですが、「うん、わかった」と電話を切りました。電話を切った姉は僕に言いました。「食べてきていいって」。

おじいさんに誘われるままにデパートの食堂に入り一緒に食べたのですが、ずっと笑顔で話しかけられました。

結局、食事を終えてからまた物産展の入り口まで行き、そこでお土産までもらってしまいました。そして、「気をつけてね」とお見送りを受けました。

この前、NHKの朝ドラ「なつぞら」を見ていましたら、ふとそのときのことを思い出しました。

あのとき、あのおじいさんは自分の孫を思い出していたんだろうなぁ、と思った次第です。

それにしても、僕の両親は誘拐の心配をしなかったのでしょうか…。

また来週。







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする