<66才の新人2>




Tさんが来てから3日目の朝、着替えていますと作業服に着替えたTさんが近づいてきました。
「本日、よろしくお願いします」。
「こちらこそ」と僕もお辞儀をしたのですが、ここまでの言動を見る限りSさんが言うほど変人でもなさそうでした。前日、いろいろ考えた結果、研修の段取りを次のように決めました。

まずは僕が作業の要領を話しながらやってみせて、その後Tさんに同じようにやってもらうことにしました。説明をしますと、Tさんは「わかりました」と答えました。

僕がホウキの持ち方や掃き方、チリトリの置き方などを教えながら少しずつ後ろに移動して行きました。最初は僕の近くから見ているだけだったTさんですが、少し慣れてきますと僕に話しかけてくるようになりました。見ているだけなのがつまらなかったようです。

最初のうちは、芸人の世界でいう「掴み」の部分ですのでお天気の話など当たり障りのない話からはじまり、次に清掃関連の話題などを話していました。そして、次第に仕事とは全く関係のないTさん自身の身の上話をはじめました。奥さんがいることや30才半ばの娘さんの話やお孫さんの話など身内の話になりました。そして出てきた話題が自分がここで働くようになったきっかけでした。

どこまでが真実かは確認の仕様がありませんが、Tさんは3~4年前まで部品工場を経営していたそうです。そして、驚くべきことにポケットから自分が作っていた部品を取り出し僕に見せたのです。この一連の行為は、つまり、「見せるため」にわざわざ自宅から持ってきたことを示しています。

Tさんが働き始めた最初の日、指導係だったSさんが休憩時間に僕に両手の人差し指でバツ印を作った意味がわかりました。新しい仕事をはじめる人が前の仕事関係の物を持って来て見せる行為は絶対にやってはいけないことです。もしかしたら、Tさんは悪気があるわけではなく、純粋に自分のこれまでの仕事の内容を教えたかったのかもしれません。しかし、そうした行為は次の職場では先輩から嫌悪されるだけです。

Tさんはずっと経営者という立場にいましたので、そうした感覚がわからなかったようです。その証拠に研修として僕が教えている間中、自分が作った部品工場の話をしていました。結局、僕はTさんと3日間指導係として接したのですが、最後に3つほど注意してほしいことをお願いしました。

1.自分の昔話はしない
2.先輩の話に反論をしない
3.求められるまで自分の意見を言わない。

Tさんと3日間一緒に過ごして感じた「先輩たちから嫌われそうな言動」を上げたのですが、これは過去に僕自身が失敗して身につけたことでもありました。Tさんは最初は怪訝そうな顔をしていましたが、僕が説明をしましたところ理解してくれました。

こうしてTさんも独り立ちしましたので、仕事をするうえで直接ほかの清掃員と一緒に作業することはありません。ですが、お昼休憩では同じ部屋で時間をともに過ごすことになります。そこでの振る舞いがSさんには気に障っていたようです。

例えば、お昼ご飯を食べ終わったあと周囲の状況など考えずに横になるのが気に入らなかったようです。ある時、休憩室に向かって歩いているとうしろからSさんが肩をたたきました。おもむろに、「Tさん、あいつダメだよな」と話し出したのです。

詳しい話を聞きますと、女性責任者の指示をきちんと守らずに仕事を終えて帰ったことがあり、責任者から大声で叱責されたそうです。その指示の内容にはSさんも関連があったらしく「俺関係ないのに、先輩なのにしっかりして!」ってとばっちりを受けたそうです。

僕が直接被害を受けたことはありませんが、Tさんは周りの人たちとあまりうまくいっていないようでした。

そのことがのちに大きな事件となります。

また来週。







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