<昔話の効用>




仕事の開始時間は一般の仕事よりも早いのが清掃業務の特徴です。朝の午前6時から始まるのですが、僕が到着する頃には男性陣は全員出勤していました。そして、すでに働いていました。こういうところが社会経験の長い人たちの素晴らしいところですが、決められた時間よりも早めに出勤して働きはじめるのは「社会人として当然」という意識が埋め込まれていました。

「素晴らしい」とは書きましたが、今の時代ではあまり褒められることではないかもしれません。たぶん企業や職場により考え方やしきたりが違うとは思いますが、一般的には僕の年代は通常の勤務時間より長めに働くのが当たり前と考える人が少なくありませんでした。今ふうにいいますと、サービス残業ということになりますが、それが一般的な発想だったのです。

それはともかく、僕以外の男性陣は3人とも働き者としてアピールしていました。女性陣はと言いますと、業務開始前の5分前に到着する人が最も多かったように思います。僕の教育係という立場上、僕が最も話す機会が多かったのはSさんです。基本的に、仕事は自分に与えられた業務を一人で行いますので、仕事中はほとんど誰とも口を聞きません。ですが、新人ですのでわからないことがあるときはSさんに尋ねることになります。

そうこうしているうちにSとは世間話から身の上話もするようになるのですが、身の上話となりますと僕はほかの人よりもいろいろな経験がありますのでネタは豊富です。ですが、そこはやはりこれまでたくさんの失敗経験がありますので、調子に乗ってしゃべりすぎることの危険性もわかっています。先週も書きましたが、僕は「余計な一言」で失敗していることが数多くあります。

そこで注意深く少しずつラーメン店時代のことなどを話しますと、Sさんは興味を持ってくれました。そして、それまで休憩時間に僕と話すことは全くなかったのですが、ラーメン店の話をしてから僕の近くに座るようになりました。食事をしながらいろいろな話をしていたのですが、ある日会話の途中にみんなに向かって「マルちゃんって、ラーメン店やってたんだって」と知らしめたのです。

働いている人はほとんど女性です。そして、女性は他人の噂話の類が大好きです。みんなが興味津々で僕に質問をしてきました。その中である女性が聞いてきました。

「どうして、やめたの?」

「だって、すっごいまずかったんですよ」

この受け答えが大正解でした。室内が大爆笑で包まれ、僕は一気に女性陣と打ち解けることができました。このときからようやっとリラックスして仕事場に行けるようになりました。仕事中は一人で黙々と作業をしますのでよいのですが、休憩時間はとても苦痛でした。

普通なら男性同士で世間話でもするのでしょうが、先に書きましたようにほかの男性陣もまだ新人の立場でしたので仕事場での自分の立ち位置を決められずにいたのです。そのような状況で自分より後に入ってきた人と気軽に話などできるはずもありませんでした。また、僕くらいの年齢になりますと、プライベートのことを話すのを好まない人が多いのも特徴です。

ですから、休憩時間中は誰と話すでもなく、ただ目をつむっているだけでしたが、それでも緊張感は解いていませんでした。しかし、先の一件から女性陣からお菓子をもらったり話しかけられたりするようになり少しずつくつろげるようになりました。女性陣からしてみましてもどこの誰だかわからないおじさんにどう接してよいのか手探りだったと思います。先の一件は休憩室全体を和ませるきっかけになりました。

また、来週。







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