<新しい職場>




移動販売に見切りをつけたあと、「どうしたものか」と考えていましたが、とりあえずは一定の収入を確保する必要があります。そこで新たな収入源を探すことにしましたが、50代半ばを過ぎたオジサンが就ける業種・職種は限られてきます。しかし、普通の人がやりたがらない業種・職種ならいくらでも仕事はあると思っていました。基本的に人手不足な世の中ですのでえり好みさえしなければ仕事はあるはずです。

そこでネットや求人のフリーペーパーなどで探すことにしました。これまでの経験上、「結局、職場の良し悪しは人間関係で決まる」と思っていましたので通勤時間を目安にして決めることにしました。そこで妻がフリーペーパーで見つけたのが「清掃」の仕事で、朝の6時から午後3時までの勤務形態でした。まさしくこの業界は「普通の人があまりやりたがらない」仕事です。普通のサラリーマン出身の人ですと、プライドもあるでしょうし世間体もあるはずです。

なんとなくではありますが、「採用される」という気持ちではいました。なにしろ世の中「人手不足」ですから。しかも求人内容には「急募!」という文字が強調されていました。しかし、以前コラムで書いたことがありますが、僕は20代の頃にタクシー会社の採用試験に落ちた苦い経験があります。あの経験がトラウマになっていますので応募に際しては気持ちを引き締めてはいました。

さて、面接の日にちは決まりましたが、そこで悩むのは服装です。普通の仕事の面接ですとスーツが一般的でしょうが、肉体を使う業種です。担当者によっては「肉体労働をするのにスーツはないだろ」と印象が悪くなることも考えられます。だからと言ってあまりにカジュアルな服装で面接を受けるのも「面接をなめている」と思われかねません。いろいろと悩んだ挙句、「礼儀をわきまえる」という意味でスーツで向かうことにしました。

僕が応募を決めた会社は、ある大学の清掃を引き受けている会社でした。もう少し詳しく説明しますと、大学から建物の管理全般を請け負っている管理会社の下請けです。ですから、大学からしますと孫会社という位置関係になります。

面接場所はその大学の構内にある棟を指定されました。構内の入り口で出入を管理している警備の人に来訪の理由を告げますと場所を教えてくれました。僕が来ることを事前に知らされていたようでした。

教えられた場所は地下だったのですが、地下に向かう入口に立ちますと50才くらいの大柄な女性が僕に向かって深々とお辞儀をして左手を横に伸ばして僕を招く仕草をしました。僕が坂道を足早に降りていきますと、右手に10畳くらいの部屋があり、先ほどの女性がドアを開けて待っていてくれました。

室内には机があり、その机の椅子に女性が座り、僕はその隣に置いてあるソファを勧められました。簡単に挨拶を終えると、早速履歴書の提出を求められました。どうやらこの女性がこの職場の責任者のようでした。

履歴書を書くのは大変でした。僕は前の晩に書いたのですが、自分の職歴の年月を思い出すのに一苦労しました。新卒で就職したあとは最初の脱サラをしたりタクシー運転手をやったりラーメン店をやったり、そのあともいろいろと職業を経験していますのですべてを書くのは現実的ではありません。だからと言ってあまりに省いてしまいますと、職歴違反にもなりそうです。基本的には自営業ですが、その間にバイトもしていますし、どこまで細かく書けばよいのか迷いました。そもそもアルバイトは職歴に書いてよいのか、も悩むところです。

そのようにして苦労して書いた履歴書でしたが、面接をした女性は僕の履歴書をしばし眺めたあと発した言葉は意外なものでした。

「こんないい大学出てるのに…、かわいそうに、大丈夫?」

一応僕はそこそこ有名な大学を出ていましたので、僕のプライドを案じたようでした。しかし、僕からしますと「プライドを持てるような職歴ではない」という感覚があります。
「ええ、大丈夫です」
と答えますと、
「それじゃぁ、よろしくお願いします」と採用されることになりました。そして、そのまま従業員が休憩している部屋に挨拶しに行くことになりました。

また、来週。







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