<優しい人6>




先週、「優しい人も佳境に入ってまいりました」と書きましたが、佳境を過ぎますとあとは下降線をたどることになります。そうなのです。優しい人も限界に近づいてまいりました。と言いますか、種が尽きてきそうなので今週が最後くらいかなぁ…。優しい人がそんなにいるわけないですよね。もしたくさんいたらもっと弱者にやさしい世界になっているはずです。

だいたいほとんどの人は在宅していますと買ってくれます。おそらく「なにも買わないのは、せっかく訪ねてくれたのに申し訳ない」という気持ちがあるのではないでしょうか。なんとなくそんな気がします。

それなりの大きさの戸建てに住んでいるおばあさんがいました。庭もあるご住居でしたのでお金持ちではないかもしれませんが、貧困に入る部類の人ではないのは確かなお宅でした。そのおばあさんは「愛想がいい」とはかけ離れた感じの人で僕がインタフォンを押しますと、クラ~イ声で「はい」と答え、それ以外声を発することなく門まで出てきます。

そして、毎回買うのは決まっているのです。それはキュウリを1本か2本です。それ以外は絶対に買わないのです。たまにキュウリが仕入れられていないときがあるのですが、そういうときはなにを買うかと言いますと、なにも買いません。

いい人ですと、そこで申し訳なさそうな表情をしますが、そのおばあさんは普段と変わらぬ無表情で「今日は、いいわ」と言って家の中に入って行きます。ですので、このおばあさんを優しい人として紹介するのもどうかと思いましたが、「もう来ないで」とも言いませんので「キュウリなら買ってあげよう」という気持ちはあるのだと思います。ですので、一応優しい人です。

やはり、門構えがあり庭もあるカトウさんも必ず買ってくれる方でした。門の外に出てくるときは必ずお財布を手に持っていますので買ってくれる意思満々で出てきてくれます。

夏のある日、朝一のミーティングで小さめのスイカの販売について話し合いがありました。会社としてはそのスイカを800円の価格で販売する予定だったのですが、単価としてはそれまでで最も高い金額でした。普段扱っている商品の単価は平均すると100円~200円ですのでそれに比べますと3~4倍の価格です。そこで販売員に振り分ける際に買ってくれそうなお客さんがいる人だけが持っていくことになりました。

そこで幹部が販売員に買ってくれそうな人がいるかどうかを聞いていたのですが、僕は真っ先にカトウさんを思いつきました。ほかの販売員は「行ってみなければわからない」と答えていましたので僕の答えに驚いていましたが、カトウさんなら僕がある程度積極的にお願いしたら「買ってくれる」という自信がありました。それくらい優しい人なのです。僕の予想どおり、カトウさんは僕のお願いを聞いてくれて買ってくれました。優しい人です。

いつも最後に回る家にキクチさんがいました。60才くらいの眼鏡をかけた女性としては背が高いほうに入る方でした。その方も必ず千円以上購入してくれるのですが、その方は必ず世間話をしてくる方でした。ある日、会話の中で腰痛の話になり、「わたし、腰痛がひどくて体操をしているのよねぇ」と話してきました。

僕も腰痛持ちでしたので、その話をしますと次に行ったときになんとご自分が実践している体操を紹介した雑誌をわざわざコピーをしてホッチキスで綴じて渡してくれました。体操と聞きましたので、なにかしらの新興宗教を少し警戒しましたが、健全な体操でしたので安心した次第です。

ある日、キクチさんと玄関先で話していますと、ご主人らしき人が帰ってきました。その方は僕に軽く会釈をするとそのまま家の中に入って行ったのですが、そのあとキクチさんが「主人なのよ。大学の教授しているの」と自慢するふうでもなくサラっと話してくれました。

品のありそうな感じのよい男性でしたが、大学教授の奥さんがしがないリヤカーの野菜売りに親しく接してくれたことが驚きでした。たぶんご主人も優しい人なのでしょう。

なんの権力もなく人に自慢できるような職種ではない仕事に就いていますと、僕に対する接し方でその方の人格がわかります。世の中って高慢ちきで外見だけで人を判断するような嫌な奴もいますが、反対に誰にでも分け隔てなく優しく接してくれる人もたくさんいるんですよねぇ。

また、来週。







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