<優しい人>




僕はいろいろな業種で販売をした経験がありますので、野菜を販売するのもあまり苦になりませんでした。販売員は全部で6~7人いましたが、常に売上げは上位にいることができました。リヤカー販売とはいえ、決まっているルートを回るだけですので「売りやすい」という気持ちさえありました。しかも、時間的に余裕があるときは新規のお客様を開拓することもできます。これほど売りやすい環境はありません。

お店を構えて営業していたときも同じでしたが、世の中の人は優しい人が必ず一定数はいます。そして、ルート販売の顧客になってくださる方はほとんどがその「優しい人」です。そもそもそのような人でないと、顧客になどなってくれるものではありません。

ただしルート販売ではとても大切なことがあります。それは訪問する時間をできるだけ固定することです。例えば、Aさんのお宅に午後1時に訪問しているならその時間をずらさないことです。それを続けていますと、その時間に在宅してくれるようになります。それが信頼につながります。

販売はつまるところ信頼感です。かつて豊田商事事件という世間を騒がせた大事件がありました。ありもしない純金の証書を発行するだけでお年寄りから数千億円というお金を搾取した事件ですが、これを可能にしたのも信頼感でした。幾度も通って顔なじみになることで信頼感を醸造していったのです。そして、数百万円から中には数千万円まで取られたお年寄りがいました。

販売は信用力に尽きます。リヤカーで訪問するという行為はまさに信用力を高めるのに適している販売方法です。リヤカーを引いている姿だけで好印象を与えます。僕が最も記憶に残っているのは、交差点で信号待ちをしていたときに、向かい側の歩道から僕に向かってしきりに手で合図を送ってきた女性です。

僕が信号の交差点に着いたとき、すでに数人の人が立っていました。仕方なく少し信号から離れたところでリヤカーを持って立っていました。向かい側に立っていた女性は僕に「そこから動かないで、そこにいて」と手の動きで合図を送っていました。最初は僕に合図をしていると思いませんでしたが、周りを見渡してもほかに人がいませんでしたので、僕は人差し指で自分自身を指さしました。すると、その女性は大きくなんどもうなづいたのです。僕は両手で大きく丸をつくりました。

信号が青になりますと、その女性は僕のほうに足早にやってきて「お野菜、買いますのでついて来てね」と言いました。僕が女性のうしろをついて行きますと、豪邸ではありませんでしたが、広めの庭がある戸建ての家の門の前に着きました。すると、女性はリヤカーの中の野菜を見回しながらこう言ったのです。
「適当に2,000円くらい見繕って、玄関まで持ってきて…」
なんと、どんなものでもいいということです。

この女性は野菜を購入することが目的ではなく、僕に売上げを作ってもらうことが目的だったのです。なんと優しい人でしょう。しかも、お金を払い僕にお礼を言うとこう言ったのです。
「また今度この辺りにきたら、うちに寄ってね」
いるんですよねぇ、世の中にはこんなにいい人が…。

恥ずかしながら、僕は30代の金銭的に最も儲かっていたとき、ほかの仕事をしている人に対して厳しさばかりを求めていたように思います。「仕事なのだから当然だ」という意識です。仕事をしている人に感謝するという気持ちは薄かったように思います。

リヤカーを引きながら販売をしていますと、その頃の自分の至らなさを痛感することが多くありました。当時の僕と似たような人で「営業マンにわざわざお休みの日曜に契約に来させて」悦にいって人がいました。「本当に一生懸命仕事に取り組んでいるんだったら、お休みの日にも働くのは当然ですよね」と自慢げに話していました。

お客様という立場で傲慢に振舞う恥ずかしさを知るのには時間が必要です。

また、来週。







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