<タクシー会社に集まる人々>




誰でもそうだと思いますが、新しい環境に入ったときは自分と同じ臭いのする人を探すものです。一番わかりやすいのは年齢でしょうか。やはり年齢が近いと感覚が似ている可能性が高いですので、なんとなく「話しやすい」という気持ちになります。新しい環境に入った時期が同じ人であるなら、相手も不安な同じ気持ちでいるはずですから自然にお互いを求める部分があります。僕がタクシー会社に入ったとき、僕より1才年下のYさんがいました。

タクシー会社ではそれまでの経歴についてお互いを詮索しないのが暗黙のルールです。ですから、Yさんがどのような経緯でタクシー会社にたどり着いたのかわかりません。しかし、年齢の若さでいうなら会社で一番年下だったと思います。なにしろ会社内を見渡しますと、お腹がでっぱり頭が薄くなり、皮膚がたるんだおじさんばかりですから。

そのような環境にいますと、細身の身体にふさふさの髪の毛、艶のある肌が輝いているYさんはまさに「掃き溜めに鶴」といった感じでした。顔もまあまあハンサムでした。年齢が近い僕たちが声を掛け合うのは自然の流れでした。また、採用担当者の方(指のない方です)が僕たちが親しくなれるように同じ時間帯に働けるように配慮してくれていたこともあります。人事担当者にしてみますと、せっかく入社した若い社員をできるだけ定着させたかったように想像しています。

そうした配慮もあって僕たちは少しずつ打ち解けていきました。やはり一日の仕事を終えて洗車をしているときに、その日の出来事などを話すことは大きな意義があります。タクシードライバーとしてのスキルを上げることにつながりますし、それ以上にストレス解消になることが大きなメリットです。

このように会社ではYさんと話していることが多かったのですが、いつの間にか僕たちより7~8才くらい年長に見える方が僕たちの会話に入ってくるようになっていました。Kさんという新入社員の方です。会社の平均年齢が45才の中では37~38才は若い部類に入ります。そんな中で30才前後の僕たちは話しやすいと感じたのでしょう。僕たちが話しているところに入ってくるようになりました。

Kさんの身長は僕たちと同じくらいですが、お腹がちょっと出ていました。ですが、決して「太っている」という感じではなく「ほどよくお腹が出ている」感じです。眼鏡をかけており頭はパーマがかかっていましたが、もしかすると天然だったかもしれません。

もちろん前職などはわかりませんが、自営業者のようでした。理由は、確定申告について詳しかったからです。人間は自分が得意なことをそれとはなしに話の中に入れてくるものですが、Kさんは簿記関連についての知識を披露することがたびたびありました。当時、確定申告についてなんの知識もない僕にとってはKさんは「すごい人!」にしか見えませんでした。この先、僕はいろいろな人と出会うことで「すごい人!」をたくさん見ていくことになります。

タクシー会社に勤め始めた頃、僕は朝6時に出庫して翌日の朝5時前に帰庫して、それから洗車をして事務処理をして、それからやっと帰宅の途につきます。一日24時間全く寝ていませんので早く家に帰って「眠りたい」と思っていたからです。

ある日、事務処理を終えてロッカー室に向かおうとしたところ、僕の前で事務処理の手続きをしていた高齢のドライバーさんがロッカー室ではなく階段を上って2階に向かいました。この方は会社で最も高齢の方ということで確か当時70才を超えていたと思います。その方が2階に上がったわけです。

なんとなく興味を持ちましたので僕はあとを追いました。2階は会社が集会などをするときに使う畳が敷いてある会場というか広場ですが、高齢の方はそこの端のほうに布団を敷いていました。周りを見ますとこの方のほかに幾人かが布団を敷いて寝ている姿がありました。そこへたまたま顔を知っているドライバーの方が通りかかりましたのお尋ねしたところ「仕事が終わったあと、ここで休んでから帰る人もいるんだよ」と教えてくれました。

そして、「あそこで固まってるのは、みんな野球部の連中なんだ。練習の前にいつも寝てるんだ」と話しました。そのとき僕は初めて野球部の存在を知りました。

また来週。







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