<金融機関の人>




僕がラーメン店を開業した頃、お店が金融機関と取引をする場面は「入金と釣銭の両替え」がほとんどでした。ラーメン店のような小さな商店の場合は、金融機関と言いましても都市銀行などではなく信用金庫さんが取引相手でした。1986年ですが、当時はまだ金融機関の業務というのは、お客様から預金を集めてそのお金をいろいろなところに貸し出すのが基本的な業務でした。

この後「金融ビッグバン」が1995年に起こり、金融機関の仕事内容が変化していくのですが、86年当時はまだ昔のやり方が残っていた時代です。ですから、ラーメン店を開業しますと、信用金庫の人が訪問してきて、口座を作ったり釣銭両替のスケジュールを決めたりしていました。

しかし、開業してから数年して釣銭両替のための訪問はおろか両替自体に制限がかかるようになっていきました。時代は、どんどん変化していたのです。今でこそ、このように理解し納得するように書いていますが、当時は「サービスが低下していくこと」に反発していました。

担当者が変わって少しした頃に、釣銭両替に訪問した担当者が「次回はお店から出られないので両替には来られない」と伝えてきました。そのときは了解したのですが、当日たまたま外出したときに、その担当者がほかの店から出てくるのを見かけました。

後日、その話を担当者にしますと、「そのお店には両替に行った」と口を滑らせました。そのお店は僕のお店よりも規模が大きいのですが、お店の規模によって対応を変えていたことに憤慨しました。

おそらく面倒だったのでしょうが、あからさまな差別はやはり頭にきます。しかし、取引先とはいえ、基本的に金融機関は商売をしているお店にとっては強い立場にいたのも事実です。

時代の変化とともに金融機関の立場も微妙になってきました。それまで大手企業が資金調達をするのは金融機関から融資を受けるのが主流でしたが、時代の変化とともに企業は融資ではなく、市場から資金を調達するようになっていきました。そうなりますと、都市銀行など大手金融機関と言えども余裕がなくなってきます。

それまで都市銀行は大手企業、信用金庫は中小ならびに零細企業を取引先にするとすみわけができていました。ですが、貸出先に困った都市銀行は、中小や零細企業にも取引を広げるようになっていきました。

ある日、大手都市銀行の若手行員がお店にやってきました。普通、営業に来る人は物腰が柔らかく腰が低いものですが、その若手行員はなぜか高飛車な態度でした。まるで自分のほうが偉いかのような雰囲気を出している人でした。

名刺を受け取り話を聞きますと、訪問の目的は「口座を作ってほしい」という実にシンプルな内容でした。ですが、話し方と言いますか雰囲気が横柄な感じがしましたので断ることにしました。別にお金を払うとかいうことではなく、単に口座を作るだけでしたが、それさえも受け入れがたい印象を受けたからです。

それから数日後、同じ方がみえました。僕の推察ですが、先輩か上司から営業は「しつこいのが大切」とでも教えられたのでしょうか、またしても「口座を作ってほしい」と訪問しました。

基本的に、僕は根性のある振る舞いに感動する質です。また、前回よりは横柄な雰囲気が改まっていましたので、それらを総合的に受け入れて「口座を作る」ことを了承しました。そもそも金銭の支払いがあるわけでもなく、単に口座を作るだけですので断る理由もありません。

その方に言われるままに書類に記入をし、印鑑も押し、これで完了というところまでいったのですが、そのあとから男性の態度が急変したのです。その態度が本来の彼の本性なのでしょう。書類を両手で揃えながら、小さなお店を見下すような言葉を発し始めたのです。

しかも、書類をカバンにしまうと、足を組み両手の肘をテーブルにつきとうとうと世間話をはじめたのです。さすがに、あまりの豹変ぶりに怒りを抑えきれず、正直な気持ちを伝え、口座の書類も破棄させてもらいました。

たぶん、今でも感覚が抜けきれないと思いますが、大手金融機関の人はエリート意識が強い人が多いように思います。

この人を思い出したのは、先日アマゾンプライムで是枝監督の「海街diary」を見たからです。作品の中では、長澤まさみさん演じる二女は信用金庫に勤めています。その上司役として加瀬亮さんが演じているのですが、都市銀行から転職してきた設定になっています。

そこで長澤まさみさんは「どうして格上の都市銀行から信用金庫に転職してきたんですか?」と問うのですが、加瀬亮さんは「儲け至上主義に違和感を覚えた」旨の返答をします。是枝監督の、社会にある細かい不納得感を丁寧に掬っている感じが好きです。

また、来週。







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