<恨みを持つ人>




ラーメン屋さん時代のことですが、僕のお店は8階建てマンションの1階にありました。1階はすべてテナントで全部で6店舗あり、僕のお店は右から4番めで一番右端には理容室が入っていました。

ある日、中年女性が入ってきました。その入り方も普通ではなく、美容室の方に顔を向けたままドアを開けて入ってきました。入ってすぐのテーブルに座るとメニューを見るでもなく、考え事をしているようでした。小太りな感じはしましたが、きれいな身なりでおしゃれな雰囲気を漂わせてはいました。

しばらくすると、「ちょっと、ごめんなさいね」と行って出ていき、少ししてまた入ってきました。今度はラーメンを注文したのですが、ラーメンを食べながらもしきりに外のほうを気にしているようすでした。

そのときは、たまたまほかにお客様がおらず、その方だけだったのですが、食べ終わると話しかけてきました。

「あそこの美容室のオーナーさんてどんな感じの人?」

唐突な質問でしたので、どのように答えてよいのか考えあぐねていました。その方の素性もわかりませんし、なにを意図しているのかもわかりません。しかし、相手はお客様ですので、返事をしないわけにもいきません。

「あまり詳しくはわからないんですけど、感じのいい方ですよ」

と無難な答えを返しました。すると、これもまた唐突なのですが、

「あの人、主人の愛人なのよ」

と、外見から醸し出すおしゃれな雰囲気とは不似合いなことを言うのです。もちろん、この女性は僕と初対面ですが、初対面の人に他人のプライバシーを害するような発言をするのは尋常ではありません。言葉の真偽はともかく、この女性が要注意人物であることはわかりました。

おそらくそのとき僕は戸惑った表情をしていたはずです。突然他人の悪口を聞かされたのですから当然の反応です。それでもその女性は美容室オーナーを非難する言葉を発し続けました。

一通り話し終えると、ドアを少し開け、美容室のほうを見遣り、なにか変化があったようで、そのままお金を払って出て行きました。

それ以来、その女性が来店することはありませんでしたが、なんとも不可思議な体験でした。もちろん美容室のオーナーにその話をすることはありませんでしたが、人生においては、自分の知らないところで自分の悪口を言われていることの可能性を考えるようになった出来事でした。

いつも謙虚でいることは大切です。

また来週。







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