<ユニクロの人>




この「僕が出会ったあんな人」コーナーは先週から新たな舞台に移ったのですが、先日ネットでユニクロの柳井さんの記事を読んでいましたら、ふいにリヤカー時代に出会ったユニクロの人を思い出しました。そこで時系列的には戻ることになりますが、リヤカー時代に戻って書かせていただきます。

そのユニクロの人に出会ったのは公園の中です。覚えていらっしゃるでしょうか。雨の日に訪ねた家が留守で、仕方なく公園で休憩していたことがあります。そのとき、留守だった家の人がわざわざ僕を探しに来たのですが、そのときに休憩していた公園で僕はユニクロ氏と出会いました。

その公園はその地域を回るときはいつもお昼を食べる場所にしていたところです。僕は新しい地域に行くとき、いつも意識するのはトイレと休憩をする場所です。当時はまだスマホもありませんので前日に地図で下調べをしていました。そのときに見つけた公園ですが、そこそこの広さがあります。

正門は車の通りが多い道路に面しており、裏門は住宅街に面していました。砂場もあり滑り台もあり、5人掛けができそうなベンチが10か所以上ありました。近くに会社なども多いようでお昼時間になりますと制服を着た数人の女性がお弁当を持って食べに来ていました。僕もリヤカー周りの途中でお昼ご飯を食べるために利用していました。

新しい公園に行くときは、座る場所を決める際は注意が必要です。なぜならどの公園でも先に利用している人たちが座る場所を決めているからです。あとから来た人間に「いつも使っている場所を使われたなら」反感する気持ちが出てくるものです。つまらない諍いを起こさないのが立場の弱い人間が生きていくときの基本です。

話は少し逸れますが、現在外国から働きに来ている人たちとの共生が問題になっていますが、外国から働きに来ている人たちが幸せになれるかどうかは先に住んでいる人たちの心がけ次第です。先に住んでいるという気持ちが強すぎると自分たちの立場が弱くなることに危機感を覚えることになります。

欧米で今、移民排斥運動が活発化していますが、その動きも同様です。先人の人たちが、自分たちの立場が弱くなることを恐れていることが根本にあります。しかし、歴史を遡るなら誰が先人かは判断が難しいところです。ですから、人間にとって大切なことは自分たちだけのことを考えるのではなく社会全体の幸福を考える広い心です。それなくして人間社会に平和が訪れることはありません。

話が逸れてしまいました。戻します。
いつものように公園で愛妻弁当を食べていますと、隣のベンチに20代前半とおぼしき男性がやってきました。身綺麗な恰好でそれなりにおしゃれな感じがする男性でした。視線の端っこで男性を見ていますと、男性はコンビニのお弁当を広げ食べ始めました。

僕が食べ終わり、男性も食べ終わったところでなにげに男性のほうを見やりますと、男性が話しかけてほしそうな雰囲気を出していました。もしかしたら、僕の思い違いかもしれませんが、僕には「話しかけてオーラ」が出ているように感じられたのです。

「お昼休憩ですか?」
「はい」

僕が不思議に思ったのは男性が一人で来たことです。周りのベンチを見渡しますと、複数人でいかにも「仲のよい同僚でお昼ご飯を食べに来た」という人たちがほとんどだったからです。そんな中、たった一人でお昼ご飯を食べに来ていたのですから違和感を持ちました。

「一人で来てるのは珍しいですよね」
「僕、一人のほうが落ち着くんです」

次回に続く。







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする