<優しい人7>




今週は僕が新規で獲得した男性のお話です。男性は70才過ぎくらいの頭が薄くなっている方でした。その方のご住居は門が二つあり、敷地内には建物が2棟建っていました。つまり、お金持ちの部類に入る方です。

初めての日、僕がインタフォンを押しますと、その男性の声が聞こえてきました。要件を話しますと、男性は門のところまで出てきてくれました。そして、リヤカーの中を見て、なんの迷いもなく購入する品物を指さして近くにあった入れ物に入れるように促しました。これが始まりでした。

この男性は愛想がいいというわけではありませんでしたが、不愛想でもなく普通の表情と言えばいいのでしょうか、ただ優しさがにじみ出るお顔をしている方でした。そして、僕にとって最もうれしかったのはそれなりの金額を購入してくれたことです。

この男性がほかのお客様と違っていたのは、出てくるときは必ず入れ物を手にしていたことです。なんのための「入れ物」かと言いますと、買ったものを入れる入れるための「入れ物」です。販売する側のことも考えてくれるような心配りのある男性でした。ですので、このお宅のインタフォンを押すのは楽しみでした。しかし、たまに留守になっていることもあり、そのときの落胆は大きなものがあります。なにしろ「それなりの売上げがない」ことになるからです。

ある雨の日。そのお宅のインタフォンを押しますと、悲しいことに返事がありませんでした。外回りの仕事をしていますと、雨の日は大変です。品物に気を使いますし、雨ガッパを着ていますので動きにくいという難点もあります。ですので、その日は雨の日という難点のうえに留守という二重の辛さを感じていました。

仕方なくその日はあきらめて公園で休憩することにしました。ときには息抜きも必要です。その地域は行きなれていましたので、近くに公園があることを知っていました。僕はそこに行き、ベンチに腰掛けしばらく休むことにしました。

雨の日の公園は静かです。誰もいませんので静かです。トイレに行きベンチに座っていたのですが、やることがありませんのでなにげなく公園の入口のほうを眺めていました。すると、傘をさして道路の先のほうをのぞき込むようにしながら歩いているあの男性が見えました。男性は公園の入り口を左から右に過ぎて行き、少しして右から左に戻って行きました。

「あ、今日、男性いたんだ」。

僕はインタフォンを押しても出てこなかったので留守だと思い、あきらめて公園に来たのです。なにかの理由でたまたま出られなかったのでしょう。僕は、あとでもう一度行くことにしました。

その後も雨の中、しばらく座っていたのですが、ふとある思いが頭に浮かんできました。もしかしたら、先ほどの男性は「僕を探しに来たのかも…」。

そう思うと僕はすぐに立ち上がり、公園の外に出ました。すると、先ほどの男性がまたこちらに向かって歩いて来るのが見えました。僕がお辞儀をすると男性は近づいて来て、「さっきは出られなくてすみません」と話しかけてきたのです。

そのまま男性のお宅にまで戻り、いつもより多めに買ってくれました。

僕がどれほど感動したか、おわかりでしょう。雨の中、わざわざ僕を探しに歩いていたのです。こんな優しい人がいるでしょうか。僕がこのような方を目標に生きようと思ったのは言うまでもありません。

また、来週。







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