<優しい人4>

先週ルート販売以外に移動販売を始めた話を書きましたが、こちらの難点は扱う種類が1つということでした。「ミショウカン」や「梨」などを扱っていましたが、いろいろ試しながら回る場所を決めて行きました。

ある日高架下で販売してみることにしました。信号から数メートル離れたところですが、信号があるということは人どおりがあることですし、信号で立ち止まる人や向かい側から渡って来る人が僕に気づいてくれることを狙ったわけです。

僕の予想は当たり、買ってくれる人がそれなりにいました。販売というのはなぜか波があります。どんなに売れる場所でも売れるときと売れないときがあり、その波を捕まえることは大切です。

それは売れる波が一通り終わり、静かになったときのことです。遠くから「カラーン、コローン」という音が聞こえてきました。高架下にいることも影響しているのかもしれませんが、やけに耳に残る音でした。しばらく聞き入っていますと、音は段々と大きくなり近くまできた感じがしたとき、向かい側の道路の端から70才くらいの女性が下駄を履いて歩いてきたのが見えました。

女性は信号の下まで来ると、青になるまで歩道の端で立ち止まっていました。信号が青になりますと、また「カラーン、コローン」と音をたてて歩きはじめました。そして道路を渡り終えるとなんと僕のほうに向かって歩いてきました。

そして、僕の前に来ますと「梨」を指さして「オジさん、これちょうだい」と千円札を差し出しました。僕が「どれくらいですか?」と尋ねますと、「千円分」と答えました。商品を袋に詰めて、お釣りを渡そうとすると「お釣りはいいわ」と帰っていきました。「カラーン、コローン」と鳴らしながら…。

世の中には本当に優しい人がいるものです。このような優しい方に会いましたので、僕は以前出会った優しい方のことを思い出しました。

ある日、リヤカーを押しながら歩いていますと自転車に乗った40代半ばの女性とすれ違いました。すると、女性は引き返して来て、「おじさん、わたし買います」と言うのです。この方は帰り際に「わたし、おじさんみたいに頑張ってる人見ると、買いたくなっちゃうのよね。頑張ってね」と言い残して走り去っていきました。まだまだ日本には人情が残っているようです。

また違う日には、歩行者用の信号が赤でしたので立ち止まって待っていました。青になりましたので渡り始めまますと、向かい側から道路を渡ってきたカジュアルな恰好をしたサンダル履きで口ひげをはやした中年男性は「これ、ください」と梨を指さし僕の歩いているほうまで戻ってきて買ってくれました。男性の発した言葉が素敵でした。
「向かい側から見てたら、おいしそうに見えたから」

そんなことを思い出しながら立っていましたら、また遠くのほうからなにやら音が聞こえてきたのです。

「カラーン、コローン」

先ほどとと同じ音です。しかし、ついさっき買ったばかりですので同じ人がくるはずはありません。ですが、聞こえてくるのは同じ音です。

「カラーン、コローン」

音が聞こえてくる方角も先ほどと同じです。僕はその方角をずっと見ていました。音は次第に大きく聞こえてきました。そして、ついに音の主が姿を現しました。

なんと、先ほどの女性でした。しかし、僕のところに来るとは限りません。道路を渡った先には商店街もありますのでそこに向かう可能性もあります。信号が青になり、女性は道路を渡り始めました。すると、方角的に僕のほうに向かってくるのです。次第に近づきとうとう僕の前に立ちました。

「また、買いに来ちゃった」

そういうと女性は微笑みました。そして、また千円分を購入してくれました。もちろん「お釣りはいいわ」でした。そして、最後にこう言いました。

「次にこっちのほうに来たら、またここに停まってね」。

僕は年配女性に好かれる雰囲気があるようです。

また来週。

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