<移動販売のお兄さん>

今から10年くらい前のことですが、東京近辺でお豆腐の移動販売が流行したことがあります。ほかの地域ではわかりませんが、当時いろいろなところで見かけました。小さなリヤカーにお豆腐を入れて売り歩いていました。ちょうど僕がコロッケ屋さんを始めて4年目くらいの頃です。

創業者の社長さんはマスコミにも頻繁に出ていましたので覚えている方もいるでしょう。働いている人はバイトの人が多く、劇団員とかいわゆるフリーターという人たちがリヤカーを引いていました。

こうした若い人がリヤカーを引いているのがポイントだったのですが、若い人が販売していますとお年寄りの方というのは興味半分、お助け気持ち半分で購入してくれるものです。全盛期は1日に3万円前後の売上げがあったようです。結局、最終的には倒産するのですが、一時期の風物詩になっていたのは間違いないところです。

僕のお店は片側一車線のあまり広くない道路に面しており、向かい側には大きなマンションが立っていました。そのマンションの横は車が一台通れるくらいの路地になっていて突き当りにアパートが数軒建っていました。以前のコラムで変な物体がいるので取ってほしいと依頼に来た若いお母さんがいましたが、その方もそのアパートの一つに住んでいました。

その路地のところに、いつからか定かではないのですが、日曜の午後7時頃にリヤカーを引いたお兄さんが立ち止まるようになりました。そして、当店にコロッケを買いに来るのです。最初のうちはコロッケを買ったらすぐにリヤカーのところに戻って行ったですが、顔なじみになりますとお話をするようになりました。

日曜の午後7時と言いますと、お豆腐販売の仕事も終わりの時間です。お兄さんは最後に僕のお店でコロッケを食べ、少し休憩してから営業所に戻るようでした。このときにいろいろとお話をしたのですが、このお兄さんはフリーターできちんとした仕事が決まるまでの充電期間ということで今の仕事をしているそうでした。

移動販売は想像するだけで体力を使う仕事です。なにしろ一日中歩くのですから楽なはずはありません。しかもリヤカーを引いているのです。リヤカーも空ではなくお豆腐類が入っています。それなりの重さがあります。それを引いて一日中あるのですから重労働です。

当時、この仕事は頻繁に募集をかけていましたが、そのときの時給がかなり高給で確か1,200円だったように記憶しています。ですから、重労働ではありますが、それなりに稼げる仕事だったことになります。

そこで、実際のところをお兄さんに尋ねたところ、確かに時給は高いのですが、「自腹で購入しなければいけない」分があるので実質的にはもっと低くなるということでした。移動販売にはいろいろな制約があります。僕もあとから知ったのですが、移動販売ですので「移動していなければいけない」のです。つまり、止まって販売するのは本来は違法です。

これから秋、冬に向かいますと道路や駅近辺で平台を組み立てて果物などを販売する業者が現れますが、あの人たちは違反者です。このお豆腐屋さんの移動販売も最終的には止まって販売することを余儀なくされるそうです。やはり売り歩いているだけでは限界があるそうです。さらに、駅構内の端っこに入り込んで販売することもあるそうです。もちろん駅構内での販売は違法ですが、先輩からそのような販売法を教えられると話していました。

つづきは来週。

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