<若い人>




お店を営んでいてやはり一番うれしいのは若い人と親しくなれることです。若い人は純粋ですので損得計算なしで僕と接してくれます。本来は僕が売る方の立場であちらが買うほうの立場ですので、買うほうの立場の人が偉いというか上ですが、若い人は決してそのような態度はとりません。いつも年長者である僕をたててくれていました。

いろいろな人がいましたが、印象に残っているのは廃業する少し前から常連になってくれた学生さんです。とても感じがよく僕のお店を贔屓にしてくれていました。僕のお店のようなちっぽけなコロッケ屋さんを贔屓にしてもなんの得もありませんが、いつも感じよく買いに来てくれていました。廃業するときもとても残念がってくれて感謝しています。あれから6年くらい経ちますのでもう立派な社会人になっているでしょうが、あのままの大人になっていることを願っています。

松任谷由実さんの「卒業写真」という歌の歌詞に

♪人ごみ~に流されて~
♪変わって~いくわたしを~
♪あなたは ときどき遠くでしかって

とありますが、もし彼が変わっていたらしかりたいと思います。

変わったところでは漫画家の卵さんがいました。幾度か買いに来るうちにお話をするようになり、漫画家を目指していることがわかりました。「目指している」と言いましても、夢を語っているのではなく、かなり本式でした。確かそのとき25才と聞いたように思いますが、その青年は少年ジャンプの公募に入選して上京していたからです。しかもちゃんと編集担当がついていたそうですから、実現まであと一歩のところにいたことになります。

最近になって知ったことですが、漫画家を目指す人にとって「編集担当がつく」という状況はかなりすごいことで、素人はまずは「担当編集がつく」という立場を獲得することを目標とするのが常道のようでした。

その当時、彼がどのようにして生活をしていたかと言いますとマクドナルドで生活の糧を得ていました。まだデビューしていませんので収入がないのですから当然ですが、ある程度の時間をマクドナルドに費やさなければいけない中で漫画家の勉強もするわけです。かなりハードであったのは間違いありません。

実は、彼はマクドナルドで働く前は売れている漫画家のアシスタントをしていたそうです。これも漫画家の卵の世界ではよくある話ですが、漫画家の卵の人にとってはある意味理想的な環境とも言えます。漫画の勉強をしながら収入も得られるわけですから一石二鳥ということになります。

その理想的な環境からマクドナルドで働くようになったのは漫画家さんの連載が終了することになったからです。実力の世界は大変です。結果がでなければ即座に自分のいる場所がなくなってしまいます。

ある日、彼が女性を伴って買いに来たことがあります。彼が「僕の彼女です」と紹介してくれました。なかなかかわいらしくスタイルもよくおしゃれな感じの女性でした。彼は一人上京して漫画家を目指しているのですから、わざわざ彼女が遊びに来たことになります。

彼女からしてみますと、自分の彼氏は「この先どうなるかわからない夢の途中にいる」ことになります。不安な気持ちもあったのではないでしょうか。繰り返しますが、外見的にはかなりかわいい部類の女性なのです。もっと安定した収入を望める男性を射止めることも容易そうな外見の持ち主です。その女性が夢を追いかけている男性と恋人関係になっていることにちょっと感激しました。

彼の入選した作品を読ませてもらったことがありますが、狼が出てくる面白い内容でした。あれから9年くらい経ちますが、漫画の世界で彼の名前を見ることはありません。おそらく漫画家の夢はあきらめたのしょう。

これも人生です。

漫画家になれなくても幸せな人生を送ることは十分に可能です。彼が幸せになっていますように…。

また来週。







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