<赤ちゃんを抱っこした奥さん>

最近読んだ記事で「目から鱗」と感じたのは「人間にとって最も身近なコミュニティは職場である」という文章です。名前は忘れてしまいましたが、どこかの大学教授が書いた文章でした。これまで職場とは単なる仕事をする場所と思っていましたが、指摘されてみますと確かにコミュニティです。

僕は現在自営業ですので仕事のある日は現場と自宅を往復するだけで1日を終えています。現場でも一人作業ですので誰とも言葉を交わさない日もあります。僕は性格的にこうした1日の過ごし方を苦痛とも思っていないどころか、とても満足していますが、社会性という点は問題がありそうます。

仕方ないから職場に行っている人もいるでしょうが、職場に所属していることで仲間ができます。「仲間」に抵抗がある人なら「知り合い」でも構いません。世の中から知り合いがいなくなったときほど生きていて寂しいことはないはずです。生きている意味がないようにさえ感じることもあるでしょう。

僕には妻という知り合いがいますのでなんとか楽しい人生を歩んでいますが、一人ぼっちになってしまうと、おそらく寂しさで耐えられなくなるかもしれません。職場も知り合いができるところと考えますと、普段とは違った感じになるような気がします。

***

コロッケ店でのある日のこと。

店先に立っていますと、顔なじみの若いお母さんが赤ちゃんを抱っこしたまま恐縮そうな感じで話しかけてきました。そのお母さんは20代後半くらいで道路を挟んだお店の反対側の路地を奥に入ったアパートに住んでいる方でした。

いつもコロッケを買いに来てくれるお母さんですので僕はいつものように笑顔で挨拶をしました。しかし、お母さんのその日の雰囲気はいつもと違っていました。

「すみません。本当に申し訳ないんですけど、お願いがあるんですけど…」

僕が不思議そうに「え、はい?」と答えますと、お母さんは続けました。

「家の中に変な黒い動くものがいるんですけど…、恐いので見てもらえませんか?」

そのお母さんのお話では赤ちゃんと二人でテレビを見ていたところ敷居の中から黒い物体が動きながらこちらを見ている、とのことでした。確かに、怖いお話です。切羽詰まった表情で話すお母さんを見ていますと、もちろん断ることなどできません。考えようによっては親戚でも親友でもないただのコロッケ屋である僕を頼りにしてわざわざお願いに来たのですから、こたえなければ男が廃るというものです。

僕は妻に店番を任せてお母さんと一緒にアパートに向かいました。その方の部屋は2階でしたので階段を上り、部屋のドアの前に立ち止まるとお母さん言いました。

「すみません。ここなんですけど、開けてもらえますか?」

お母さんは赤ちゃんを抱っこしていましたので僕がゆっくりとドアを開けました。中を見ますと、玄関がありその先に台所があり、襖の奥に6畳間が見えました。

「すみません。あそこの部屋のテレビの上あたりの敷居の中なんですけど…」

僕は家の中に上がり台所を通り過ぎ、恐る恐る襖に手をかけて6畳間をのぞき込みました。テレビがついたままでしたので奥さんのひっ迫した気持ちが伝わってきました。僕はテレビの上あたりの敷居を見ましたところ、黒い物体が見えました。奥さんの話すとおり黒い物体の影が見えます。

僕は目を凝らしました。すると、黒い物体も両手で敷居を掴むようにしてこちらをのぞき込んでいるように見えました。そうなのです。なにか動物が両手で敷居を掴んでいるように見えるのです。

僕はじっと黒い物体を見ていて、数日前の我が家の出来事を思い出しました。

我が家は普段雨戸はしません。しかし、台風が来るときだけは雨戸を閉めるのですが、久しぶりに雨戸を閉めますと困ったことが起きます。それは雨戸の袋に巣を作っているフクロウが飛び出してくることです。以前、フクロウが巣を作っていることを知らずに雨戸を袋から出したところ、フクロウが驚いて部屋の中に入ってきて騒動になったことがありました。そのとき初めて生のフクロウを見たのですが、黒くてグロテスクでした。

敷居の中でこちらをのぞき込んでいる黒い物体を見ていてあのフクロウに似ていると思ったのです。僕はゆっくりと敷居に近づきますと、フクロウであることを確認しました。そこで奥さんに椅子とビニール袋を借り、フクロウを捕まえて外に逃がしました。おそらく天井か壁の内側から通じる穴が開いていて部屋の中に出てきたのだと思います。

お母さんにはお礼を言ってもらいましたが、後日旦那さんもお礼に来てくれました。僕としましても人の役に立ててうれしく思った次第です。それにしても知り合いも誰もいない環境ほど不安なことはありません。どんな形にしろコミュニティに所属していることは生きていくうえで大切です。

コロッケ屋さんとお客さんの関係もコミュニティと言えるかもしれません。

また、来週。

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