<あぶないHさん2>

先週はHさんの続きを書く予定でしたが、急に印象的なお客さんの話を思い出してしまい、予定とは違う話を書きました。今週は、当初の予定どおりHさんの続きです。

前回までのおさらいしますと、Hさんは僕を仲間にすることで野球部内での存在価値を高めようと考えていました。そして「仲間にする手段」として「自分の力で無線車に乗せてあげる」という恩を売る作戦でした。しかし、僕は無線車に乗りたいとも思っていませんでしたし、「恩を売る作戦」が嫌いでしたので結局「無線車の誘い」を断りました。

あとでわかったのですが、Hさんには無線車に乗せる権限はありませんでした。無線車に乗る人を決められるのは班長さんです。Hさんが「無線車に乗せてあげる」と言ったのは単に班長さんに進言するに過ぎなかったのです。自分を偉そうに見せようとする人はどこの世界にもいるものです。

それはともかく、僕が無線車に乗ることを断るとHさんは僕に対する嫌がらせをはじめました。まるで子供の精神構造です。なんとも情けない行動ですが、そのような行動をとること自体がほかの人たちから人望を得られない理由です。それ以降、Hさんは僕に対して嫌味を言ったり嫌がらせの行為をするようになりましたが、タクシーという仕事は業務が始まってしまえば顔を合わせることもあまりありません。しかも野球部内ではHさんはおとなしくせざを得ない状況でしたので直接的な被害を受けることもありませんでした。

野球部のほかの人たちはみなさんいい人なので、Hさんと僕の微妙な関係に感づいた人がそれとなく僕を守ってくれてもいるようでした。その中でも、前に紹介しましたFさんとSさんは頼りになりました。この二人はいつも一緒にいてしかも野球部内でもツルんでいましたので部内での発言力も持っていました。このような書き方をしますと、偉そうに振舞うリーダー志向の強い人のような感じがしますが、決してそうではありません。この二人はみんなを和ませる雰囲気を持っている漫才コンビのような存在でした。そうした意味でこの二人は部内で影響力を持っていました。

僕はこの二人のおかげでなんとかHさんからの嫌がらせをやり過ごせたと思っています。僕はいつしか会社内での成績も上位に入るようになっていましたが、この二人の偉いところは僕に対して尊敬の姿勢も見せているところでした。社内歴において後輩で、しかも年齢が7~8才年下にもかかわらず、僕の成績がいいことを嫉妬することもなく褒めてくれてもいました。この二人とは3年くらいしか一緒に過ごすことはありませんでしたが、60年以上生きてきた僕の中で「好きな人トップ10」に入る人たちです。

前にも自慢げに書きましたが、僕は野球がうまいのですが自分の立場をわきまえてもいました。そもそも野球部に入ったのは身体を動かすことが目的です。ですのでレギュラーなどにこだわりはありませんでしたが、先輩の中には僕のことを慮ってそれとなく立ててくれる人がいました。

左利きのYさんは練習のときにいつも僕のセンスを褒めてくれる人でした。年齢は50才前くらいでしたが、黒縁の眼鏡をかけた痩せた人でした。しかし、テクニックは十分に持っており、いわゆる野球がうまい人でした。たぶん、もっと若かったならもっと実力を出せたように思います。その人が「本当なら君がレギュラーだよな」といつも話しかけてくれていました。レギュラーにこだわりがない僕でしたが、やはり褒められますとうれしいので、それだけで野球部に入った意義があります。

僕はこのあとラーメン屋さんを始めるのですが、野球部の人たちは近くに来たときは寄ってくれていました。しかし、1年後くらいに久しぶりに来た人が「最近は野球部も前のように活気がなくなっちゃって…。君がいた頃が一番楽しかったよ」と話していました。

後楽園球場で野球をやった経験は僕の自慢です。

また、来週。

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