<凄い境遇の女のお客さん>




野球部の方々のお話を書いていますが、突然印象に残る女のお客さんのことが頭に浮かびましたのでちょっと順番が変わりますが、今週はその方のお話をしたいと思います。なにしろ年をとってきますと物忘れがひどくなりますのでせっかく思い出したことを先に書かせていただきます。

順番を変えてまで書きたいと思ったのですから、かなり強烈な印象が残った人であることは間違いありません。

タクシードライバーになって半年を過ぎた頃でしょうか、夜の11時頃に渋谷を流していますと年齢30半ばと思しき、胸元あたりまで髪の毛を伸ばしたジーンズにTシャツを着たスタイル良い女性が手を上げていました。スピードを緩めて女性の前に車を停めますと、乗り込んできました。座席座ってからわかったのですが、女性は黒縁の眼鏡をかけていました。最初の印象では“真面目”でした。

「横浜までお願いします」
と女性は告げたのですが、基本的に僕は遠方を得意としていませんのでいつも口にするセリフを口にしました。
「すみません。まだ初心者ですので道案内もしていただけますか?」
僕のセリフに、女性はちょっと驚いた表情をしましたが、決して不機嫌な感じになることはなく、反対に素人っぽい感じに好感したようで
「ええ。大丈夫ですよ」と
優しく返してくれました。そして、
「それじゃぁ、高速に乗りますね」と
道案内をはじめました。確か第三京浜に乗ったと思うのですが、高速に入ってしばらくすると
「運転手さんはどれくらなんですか?」と話しかけてきました。それから僕について幾つか質問をしたあと、次に自分の身の上話をはじめました。その話が凄すぎて僕の生きているところは違う世界のお話でした。

大平光代さんという弁護士の方が書いた「だからあなたも生き抜いて」という本をご存知でしょうか。十代でやくざの世界に入って暴力団の組長の妻になり、身体中に入れ墨を入れていた女性が更生して弁護士になった話が書いてある本です。その女性も同じような境遇にいた女性でした。

とにかく話の内容が凄くて、その女性はそのときは風俗で働いていたそうですが旦那というか夫はやくざということでした。若い頃に不良でそのまま不良の人生を歩んでやくざの道に入って散々ひどい目にあったらしいのですが、今ならDVに当たるような暴力は当たり前で薬を打たれて中毒になり殺されかけた話まで出てきました。

もちろん話の信ぴょう性は定かではありませんが、作り話にしても余程の想像力がなければ話せない具体性がありました。刑事ものドラマで「犯人しか知りえない事実」が犯人の特定につながる場面がありますが、その女性の世間離れした話もその世界に精通していないと話せない内容でした。

結局、その女性は1時間くらい乗っていたのですが、降りたところがラブホテルの裏口でした。帰り道、つくづく「やくざな道に入らなくてよかったぁ」と思いながらハンドルを握っていました。

また、来週。







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