<初めての上司>




僕が社会人になって初めての上司は30才の若い係長でした。僕が入社した会社は人に自慢できるような立派な会社ではありませんでしたので、一流企業のように高学歴の社員がいる会社でもありません。僕が入社したのは、当時急成長をしていたスーパーマーケット業界でした。当時のスーパー業界と言いますと、ようやっと社会的に認知されはじめるようになった業界でしたので、大卒なら誰でも採用するといった感じでした。
当時、会社の中で自虐的なジョークで言われていたのが、「大学出て魚屋」というセリフです。この場合の「魚屋」とは鮮魚部門のことですが、当然「大学出て肉屋」というギャグもありました。とにかく、お金払って大学まで出て魚屋や肉屋になるのでは大学を出た意味がないというところでしょうか。
僕は運よく食品部門ではなく衣料品でしたのでこのギャグを使うことはありませんでしたが、世間一般的に言ってエリート業界ではないのは確かです。
そのような時代状況での上司でしたから、その上司はおそらく大卒の一期生くらいだったのではないでしょうか。会社の役職は平社員からはじまり主任、係長、店長と上がり、そこから先は店舗を離れ部長に出世したり本部の社員になったりすのでしょうか。実は、僕は3年に満たないくらいで辞めてしまいましたので詳しいことはわからないのです。
この「3年」というのも理由がありまして、僕の会社は3年以上勤めた人だけにが賞与が支払われる規則になっていました。僕はその3年になる少し前に退職したのですが、賞与をもらってすぐに辞めるのは「ズルい」ような感じがして、なんとしても3年前に辞めることにしたのでした。

僕、ちょっと変わってるのです。

それはともかく僕の人生はじめての上司はKさんという係長でした。普通は平社員の直属の上司は主任なのですが、小さなお店でしたので主任がおらず係長が上司だったのです。僕が入社したときそのお店に配属された新人は僕を含めてたったの2人だったのですが、それほど小さなお店でした。
当時Kさんは30才で係長だったのですが、周りの人の話では20代で係長に昇進しており出世競争の先頭を走っていた人だったそうです。一般的には出世頭という人は「目つきが鋭くて、いかにもやり手」といったイメージがありますが、K係長はそんな雰囲気を全く醸し出していない人でした。一言でいうなら「優しい人」です。背は高かったですが、やせ型で大人しい雰囲気の人でした。
実は、僕は出社した初日こそスーツに革靴で出社しましたが、翌日からはワイシャツにネクタイ、その上にブルゾンでスラックスにスニーカーという出で立ちで出社しました。まだ、学生気分が抜け切れていませんでしたし、仕事をするときには革靴よりもスニーカーのほうが動きやすいと思ったからです。
ですが、本来社会人は会社に行くときはやはり革靴で出勤するのが常識ですし、衣料品を扱う販売員としては特に革靴である必要がありました。それで結局K係長から注意を受けることになったのですが、その話し方も穏やかな感じで僕が傷つかないようにという配慮が感じられました。とにかく優しい上司でした。

K係長についての想い出で一番覚えているのはある日のお昼休憩での出来事です。
お昼休憩はいつも店舗の外に出て食事を取っていました。行く場所もメンバーもだいたいいつも決まっており、近くの夫婦二人で営業している喫茶店でランチを食べるのが常でした。その頃、世の中はインベーダーゲームが一世を風靡しており、どこの喫茶店に行ってもお客さんはこぞってインベーダーゲームに夢中になっていました。正しくは「スペースインベーダー」というらしい(今、ネットで調べました)のですが、それに夢中になっていました。
画面の上からインベーダー(宇宙からの侵入者)が降ってくるのでそれを下からビーム砲でシューティングするゲームです。このゲームがブームになっていました。ですから、僕たちもランチを食べ終わったあとは休憩時間が終わるまでゲームに熱中していました。
その喫茶店には4台くらいのゲームがおいてあったのですが、実は僕はそのお店の記録保持者だったのです。上から降ってくるインベーダーを全員やっつけると1面クリアということになり次の2面目のインベーダーがまた襲ってくるわけです。これをずっと続けるのですが、僕がその喫茶店の記録保持者で確か10面までクリアしていたと思います。
ある日、いつものようにゲームをやっていますと、その日はやけに調子がいいのです。どんどん調子が上がりなんと新記録を作りそうな展開になっていました。ところが、休憩時間が終わってしまいそうな時間になってしまいました。僕の周りの人たちも新記録樹立をはやし立てていました。僕も俄然やる気になっていたのですが、いかんせんお昼休憩が終わってしまいます。
仕方なく、僕は時間制限いっぱいまで挑戦することにしました。そしていよいよ11面にまで突入したのですが、その途中で時間が来ることはわかっていました。とうとう時間になり、周りのみんなが席を立ち始めたときも僕はまだゲームを続けていました。なにしろ新記録を樹立できるのはそう簡単なことではありません。運やタイミングなどいろいろな要素が合致して初めてできる偉業です。周りの人が席を立とうともできるところまで挑戦する気持ちでいました。
すると、係長がこう言うのです。

「ゲーム終了までやっていていいから。係長が許す」

おかげさまで僕はそのときに新記録を樹立することができたのですが、僕の人生初めての上司は本当にいい人でした。
その後、僕は入社してちょうど1年後にほかのお店に異動しそれから2年弱で退職しています。あれから40年過ぎていますが、あのときのK係長とは今でも年賀状のやりとりをしています。僕が60才を過ぎているのですからK係長ももう70才を過ぎているはずです。
その後、K係長も僕から遅れること二十数年後に退職してコンビニの加盟店になっています。今年の年賀状ではその店を息子さんに譲ったそうですが、元気そうでなによりです。
人生初めての上司がいい人でよかったぁ。







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする